「こころ」はどこへ・・・

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小林麻央さんが亡くなられました。

乳ガンを患っていた私の友人と姿が重なり、ずっとブログを見ていました。

その友人には聞けなかった心の中・・・。

もちろん、別の人格だから違うことを考えていたのかもしれないのですが、同じく幼い子供二人がいる母親。

そしてまだ亡くなるには早すぎる年齢。

彼女のその時の気持ちを想像し、麻央さんの揺れ動く気持ちを感じ、また私自身も色々なことについて考えました。

 

ブログを見始めてから数ヶ月後、テレビ番組で「市川海老蔵に、ござりまする」を見ました。

入院している麻央さんのもとに海老蔵さんがお見舞いに来たシーン・・・。

病室で横たわっていた友人の姿と重なり、思わず号泣してしまいました。

その番組の中で、海老蔵さんがその時に歌舞伎で演じていた演目の弁慶と義経が、自分と麻央さんに重なるということを話していました。

その時「あっ!」と思ったのです。

歌舞伎界のプリンスと言われている海老蔵さんが義経なのではなく、義経は麻央さん。

その人を守って闘うのが海老蔵さん。

弁慶は義経に出会うまではとんでもなく暴れ者で手がつけられなかったそうです。

その弁慶が、最後までお仕えしようと思った人が義経だったのです。

実はその時、義経になった麻央さんと弁慶を描こうとしたのですが、うまく描けませんでした。

 

麻央さんはアナウンサー時代は女性らしく髪も長いスタイルでしたが、その髪が抗がん剤で抜け、短いウィッグ姿になった時「女性らしく可愛らしい」を通り越して、人間として光り輝く姿になったように思いました。

痛みも、どれだけの辛さだったんでしょうね・・・。

私は陣痛で27時間苦しみましたが、たった1日でも痛みが続くというのは、すべてを消耗するんです。

体力だけでなく気力までも。

体のあちらこちらにガンが転移して、その苦しみは相当なものだったと思います。

その中にあっても希望を持ち続け、最後の最後まで必死に生ききった麻央さん。

哀悼だけではなく、拍手を送りたいです。

しかしながら、海老蔵さんをはじめ、残された家族の闘いは続きます。

まだまだ若い娘を亡くしてしまった、親御さんの気持ち。

仲良くずっと一緒に生きてきたお姉さん。

もっともっとお母さんに甘えたい、お子さんたち。

これからも色々なことを分かち合うはずだったのに、取り残されてしまった夫。

そういえば海老蔵さんの麻央さんへのプロポーズの言葉が「来世も再来世も一緒になろう」だったそうですが、なんだか暗示的ですよね・・・。

あまりにも短かった幸せな時間ですが、きっと来世でも出会えることでしょう。

私もそう願っています。

 

 

友人が亡くなってちょうど2年。

少し前までブログを更新していた麻央さんのブログも、もう更新されることはありません。

でも、残された言葉はたくさんの人の心にずっと残っていくことでしょう。

そしてその言葉を、気持ちを、ふと考えたり感じたりするのだと思います。

 

だけど・・・

その体の中に閉じ込められていた「こころ」はどこへ行くのでしょうね。

喜び、苦しみを伴う制限のある「肉体」から抜け出して、自由な世界へ解き放たれたのでしょうか。

そんなことを、空を見ながら考えています。

 

麻央さんのブログを読んで描いた投稿↓

「365日の紙飛行機」

ママ友とのエピソードはこちら↓

忘れられないママ友「衝撃の告白」


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